野火杏子

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2008年10月の杏子

   
「下町コメディー映画祭」

 

ボリベスのプレゼン応援のため、東商ホールに皆の引率で行った。
 と言っても、インストラクターが二人も行くので、私が行く必要とかあるんだろうか??? 
などと思いながら、とりあえず出かけた。
 スタッフさんたちのサリーの着付けとかを手伝いながら、「じゃあ、そろそろ客席に行ってますから・・」
と、ホールのロビーに出て、「わぁお!」懐かしい顔があった。


もう10年以上前になるだろうか、「ムトゥ、踊るマハラジャ」時代、ファンタスティック映画祭に4回連続して参加したという栄光が、実はあった。当時、映画祭を企画運営していた企画会社の、かっこよくてできる女!Fさんがソファに座っていた。
目が合った瞬間、彼女の方から「あ、先生に連絡取りたかったんです」と言ってくれたので、
「何?何?」と身を乗り出すと、インド映画を映画祭に出すかもしれない!! と言うのであった。
「いいじゃないですか! 手伝わせてくださいよ」と、ワクワクして乗った。

が、結局、このとき話題になった映画は、フィルムが間に合わず出品されないことになった。しかし後日、Fさんから「別件があって、御相談なんですけど・・・」と言って来たのが、な、なんと
”マイク・マイヤーズ監督”の新キャラ映画の話!!
この映画を盛り上げてほしいと!?

マイクと言えば「オースティン・パワーズ」。
あの手の映画が好きだと言うと、眉を潜められそうだが、畳み掛けるようなコメディーばかり
ではなく、ゆる〜いコメディーのひとつとして、オースティン・パワーズが好きなのだ。
他意はない!
 
まさか、マイクの応援をすることになるなんて、思ってもいなかった。
早速、送られてきたDVDを見て、クククククーーーーー! つぼを直撃で
くすぐられているみたい、いやはや、まったく、
マイクったら、もぉお!

「LOVE GURU」と題されたこの作品・・・サブタイトルにー愛の伝道師ー
愛の伝道師は、今期ビギナークラス課題曲の裏メッセージ!
マイクと同じこと考えてた?!?

ところが、調べてみると、相変わらず、物議満載の評価で
「ヒンドゥー教徒以外にも悪評」と。
「10億人の信者がいる宗教をこのように軽々しく扱うべきではない」と、ユダヤ教指導者までが言っている。
が、一昨年インドに滞在していたとき、いわゆるGURU、つまりアシュラムとか持っていて人々を指導するサイババみたいな人たちを、追跡し、批判する番組を見た。彼らの示すマジカルパワーは実は偽物とか、騙されたとか・・・
こうしたことの真偽はわからないが、インドでさえ、多くの人たちが、GURUに対し疑問を持ったり、揶揄ったりしているのだから、いいんじゃないの?? と思うが、いかがだろう?
正しい人は正しい。おかしな人はおかしいのだ。誰かを名指しにしているわけではないし、
あくまでもフィクションだと思うが・・・

ようするに、アメリカ人のピトカが、インドで修行をし、アメリカで愛の伝道師としていろいろと
活躍すると言った内容なのだ。
このピトカのインチキさ加減が問題だったりするのだろう。
が、このインチキさ加減がめちゃめちゃ面白い!
中には、ばかくさい導入から繋がる間抜けなダンスシーンもある(必見)!

先日、叔父から電話があり、新しいディズニー映画の内容が、
なんとアメリカのアイドルがインド映画出演を目指すものだ・・・と。
叔父は、ディズニー映画に関わる仕事もしているが、
私の興味がインドに向かった当初、第三国の何が面白い? と大批判していた。
叔父上、インドを外して、今や世界は語れませんって。


ところで、この「したまちコメディー映画祭」は、
ファンタスティック映画祭の制作スタッフが、引き続き関わっていて、かつて司会もしていた
いとうせいこう氏も、中心者のひとり。

私たちが、ファンタに出ていた頃は、小松沢さんいう名物プロデューサーが仕切っていた。
司会も彼だった。小松沢さんはインド映画がお好きで、細かく調べ、B級と思われる映画までも
取り上げてくださった。
また、カジョールが来日した時には、あの大きな渋谷パンテオンがインド人で
溢れ、しかもマナーが最悪だったので、インド映画締め出しの機運が高まってしまったの
だが、その時も、インド映画を守る側に付いて下さった。
その後、御事情でファンタからはリタイヤされた。
しばらくして、いとう氏が制作に加わられ、一度だけファンタの開会式にゲストで
呼ばれたことがあった。

たくさんのセレブリティーが、客席から名前を呼ばれ、サーチライトをかいくぐりながら、
ステージに上がっていった。「まるで、FILMFARE AWARDの受賞式みたい・・・」なーんて考えながら、足を開いてシートにふんぞり返ってくつろいでいると、「次は、インド映画と言えば、この人。インド舞踊家の野火杏子さ〜ん!」というアナウンスが聞こえ、グルングルンとサーチライトが回り、ジャ〜ンとピンが当たってしまった!!!
「え、えぇぇぇぇ?!」と、まさに飛び起き、くらくらしながら、ステージに上がったのを覚えている。
予期せず受賞してしまったのを装っている女優のようだっただろう・・・
 一人づつファンタに寄せる思いを言う段取りで、「インド映画は久しく入っていないのですが、
決して忘れないでください」とか言ったような?? 何故か「をおおっ!」と声が上がり、誰やねん?
と思ったような・・・? そして、ステージを一人づつ降りる時、司会のいとう氏に
「あの、大ファンなんです。握手していいですか?」と言い、握手して、出てからすぐ、娘に電話し
「ママ、いとうせいこうと握手した。たった今!」と言ったような・・・

実は、いとうせいこう氏やみうらじゅん氏のファンは、私と言うより娘の方で、昔、「見仏記」を読んで京都奈良の仏像巡りに付き合ったり、「スライドショー」を渋公に見に行き、トン祭りにはまったりしていた。(インドはトン祭りの宝庫だよね・・・)

 今回、コメディーの町浅草を、国際的にも知らしめていきたいという、いとう氏、みうら氏、高田文夫氏など多くの有識セレブリティーの願いがこもる映画祭のスタートに、居合わせることができるわけである。

 我々が出演させていただく閉会式には、台東区長や、マイクやジム(キャ〜!!リー LOVE)の声を吹き替えている山寺宏一氏もゲストでいらっしゃることになっている。

いつか、この映画祭で「ゴビンダ特集」とか「インドおばか映画祭り」が行われることを、夢見ながら・・・

   
「金星から来た女」

 

 五月頃だろうか・・・?
 プロデューサー元信氏が、スタジオにみえ、日テレで、
インド映画のようなダンスシーンを入れてこんなドラマを作ろうとしています・・・
と、台本を置いていかれた。


 それから、約2ヶ月は、何の話もなかった。
 当初、美人本の制作中、某ブランドイベントの企画中、小発表会準備中、西伊豆公演準備中、
ボリベス準備中などめっちゃ追われていたので、話が途切れていたことに関心が向かないまま
過ごしていた。
 また、「恋の・・・」と付く番組の企画が、もう一本きていたので(そちらは、つい最近なくなったが)、
何の番組なのかもしっかり認識できずにいた。
 ふと、ベッドの横に積んであった台本を手に取り、「恋の空騒ぎ ドラマスペシャル」というタイトルの
番組であることを再確認したのも、一月後くらいだった。パラパラと中身に目を通したが・・・・・
余りの#+*&%に、唖然とした。
 しかし、それもすぐに忘れてしまっていた。
 

 七月に入って、元信プロデゥーサーから電話が来た。
「すみません。連絡できなくて・・・」と。
 私のメモリからはデリート寸前の話題であったが、元信氏にとっては、怒涛の二ヶ月だった
のかもしれない。多分、いろんな問題が起こったり、渋滞したり、そんな最中の電話だったのだろう。
「あ、ああ、あの話、まだ続いていたんですね・・・」
「そうなんですよ、でね・・・」ってことで、早速、話は前に進むこととなった。

 木ノ本さんという、この人なら信じられる!という感じのADさんを交え、
打ち合わせをし、いよいよ、「恋の空騒ぎ」という長者番組を牽引する、かの小川通仁ディレクター
に会うこととなった。


 な〜んて、「恋の空騒ぎ」が長者番組だと言うことも、かの小川監督のことも、主演に決まっていた
相武さきちゃんのことも、実は知らなかった。インストラクター諸君も、余り知らなくて、
「加藤くんくん・・・のCMに出ている人が相武サキですよ、多分・・・」という状態であった。

 しかし、インターネットであれやこれや調べてみたり、関係者に聞いてみたりすると、
「恋の空騒ぎ」は10年もやっているらしく、ドラマスペシャルもかなり注目を集めている番組らしいことがわかった。
 で、番組制作会議のため、麹町の日テレに向かいながら、小川監督とはどんな人物なんだろう!と
期待で胸はDAKU DAKU BOLEっていた。
 
 が、「小川です、どうも・・・」と顔をのぞかせた監督は、かなり愛らしい容姿の持ち主で、想像していた厳しいキャラとは随分違っていた。
マサラムービーおたくという情報と相俟って、俄然 親しみが湧いたような気がした。

 しかし、実際、お仕事が始まると、小川監督は、たいへんに拘りの強い方だということがわかり、
親しんでいる場合ではない! ということを強烈に、理解することとなった。

 先ず、私が舞台人間であるので、映像台本は理解できないだろうと気を使われ、映像のための専門用語や専門記号などを、辞書のように細かく書いて、自宅にFAXしてくださった(これで私は、今後いかなる映像の仕事が来ても、心配ないのだ!)。

 そして、何回も何回も打ち合わせがあり、映像とは何か?! という監督の考えも、たびたび説明
していただいた。たとえば、カットとカットの繋ぎは、ただ繋ぐのではなく、理由を見せなくてはならない・・・。
と言って、例えば「木ノ元君、このDVDの5番目の曲の10分30秒くらいのところ出して」と、
DEVDASのアイシュが、別の場所からINしてくるカットの繋ぎを示し、カットとカットの間に
一瞬、何かがよぎったりするのが、何のためにあるのかを教えていただいた。
だから、振付ける時には、その部分も考えなくてはいけない。

 また、細切れに振付けるのではなく、ノリシロも付けておかなければ、繋げられない。
 カメラが動くのだから、フォーメーションを舞台のように作ってしまうのは良くない。

などなど・・・・・

一度、監督自ら、試作段階の振り付けを見に、突然スタジオにいらしたことがあった。
 それだけでも、驚いたが、深夜になって、手伝ってくれていたインストラクターや生徒さんたちが疲労でふらふらになり、終電に間に合わないと帰宅を始めている中で、議論が始まってしまった。
私がドパタを使って振付けた部分に、監督はどうしても納得がいかなかったのだ。
「これに何の意味があるのか? 別にあなたのやり方を否定しているわけではないが、その意味を知りたい!」と。
 私は、ドパタを使うことに何か意味を持たせようとしたのではなく、こうしたらかわいいかな? 
のレベルで振付けたに過ぎなかった。
 ほとんどの人が帰ってしまった深夜のスタジオで、ドパタを挟み、監督とああでもない、こうでもない
と議論しながら、ドパタを引っ張ったり、巻いたりした挙句、結局、主役二人が両サイドを持って、上に投げる・・・で、決まった。

このシーンは、公園でのロケで使われた。
 前日の撮影が徹夜になり、相武さんも、相手役のマキダイさんも、相当疲れていて、なかなかTAKEにならず、緊張が走りっぱなしだった。私は、密かにドパタに念を送った。
 最後は、拍手が起こるほど、黄色のドパタは美しく宙を舞った。

 このように、拘りの小川監督ではあったが・・・・・。
 相武さんの初稽古の時、ダンスは始めてという彼女が、両手を左右に開いて、胴体を揺らす動作を
なかなかうまくこなせずにいた。それをご覧になって、「こうやれば、いいんだよ」と、即座に、見事に、その振りをやってのけられ、周囲はかなり驚嘆した。
それ以降、今まで、口は出しても、体は出さないスタンスであった監督が、どんどん積極的に振りを
練習され、最後には相当踊れるようになられた。
「監督、少し痩せられました?」というと
「そんなことがあるわけがないじゃないですか!」と、きっぱり言われてしまったが・・・。


このお仕事で、マキダイさんにインド古典舞踊のバラタとカタックの振りに挑戦していただいたのも実は見所のひとつではある。
 「本格的なインド舞踊の振りを入れたいのですが、ジャンルの違うダンスをおやりになりたくないと言うことでしたら、やめますが・・・」と、振り渡しの前に言うと、「いいえ、やれる限り挑戦したいので、よろしくお願いします」と答え、本当に一生懸命取り組んでくださった。
 マキダイさんは、衣装合わせの時に始めて会ったのだが、あまりに謙虚で、
かっこよくって
、周りのスタッフさんたちは、男性も含め、皆、一気にFALL IN LOVEになった。
 最後の撮影でも、チェック映像を見て、皆が拍手すると、彼はその都度バックダンサーに向かって
拍手を送る! という爽やかさであった。

バックダンサーの方たちも、皆、可愛い若者たちで、インストラクターとも親しくなり、
撮影が終わっても離れがたい感じだった。
 また、カメラさん、サウンドさん、照明さん、装置さんも、皆一丸となって、良い作品作りに邁進していて、本当に楽しい現場であった。

 で、はじめに台本を読んで、#*&$%と感じたことなど、すっかり忘れていた。

   
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